被虐とは何か。。。被虐とは、恥辱であり、屈辱であり、理不尽であり、不条理であると思っています。そして、それらは理性と欲情の間にあり、矛盾を抱えるから生じるものだと思っています。矛盾が無ければ被虐もない。と、言うことになります。誠に勝手ながら[…]

メッセージをありがとうございます。更新をしていない私のblogの「秘密のコンタクト」から思いがけないメッセージを頂いて、とても嬉しく思っています。 最近は縛るお相手もいないので、blogも放置状態です。どの記事が貴女をドキドキさせたのか、よ[…]

性的快楽(絶頂=いくこと)はS性ではなくM性だと思っています。 たとえ女を犯す男でも、いく時はM性の発露だと思っています。 SはSのままいくことはできない。 その証拠に、S男には遅漏(いきにくい)が多い。S女には隠れS男の存在が多い。 絶頂[…]

私のSMは嗜好的には貶めるSMであり、育て上げる調教とは趣を異にしています。 しかし妄想ではなく関係という面からこの話題について述べればMを磨き上げるのは確かに Sの手腕でもありましょう。私もSの端くれですからそういう希望も持っています。 […]

自分(自己)は誰のものであるか。もちろん自分(自己)は自分のものである。 ジョン・ロックは、『統治論』で、自分自身の身体と労働と(誰かの財産になる前に)自分が労働を混ぜたものとは自分のものになると主張した。 われわれは自分の身体を好きなよう[…]

陵辱と屈辱。責めの妄想。囚われ妄想。を標榜しているSMは何故か少ない。 ネットでの主流は「愛と信頼」の立派なご主人様と従順な奴隷のSMだ。SMと いえば主従しかないと思う人が多いのです。 だからSMを彷徨う人たちは主従のSMに行こうとするの[…]

服従と支配のSM関係の女奴隷達は安直にご主人様を信頼し愛してしまうところがあります。 「愛」を求める事はいいのですが主従の契りを結ぶだけで「愛と信頼」を獲得し たと思い込んでしまう。或いは「愛と信頼」があるから主従の関係を結んだんだ。 と、[…]