ふふふ。。。。
私は貴女に興味を抱いた。
私の「設定」に身をおくことができるか?
私の「妄想」に酔うことができるか?
私の「設定」や「妄想」は貴女を苦しめるためのものだ。
私の「設定」や「妄想」は、貴女を追い詰め、陵辱し、不条理な屈辱を与え暗闇へと貴女を誘うものだ。

私は女が苦しむのを眺めるのが好きだ。
戸惑い、慄く女に過酷な仕打ちを施すのが好きだ。
からだを責め、心を貶める。
そのために私は女を縛る。
そして貴女はそんな私の興味をひいてしまった。

私のSMは主従ではない。。
そう、御伽噺なのかもしれない。
現実にはあり得ない設定、状況。
しかしその設定、状況に身をおくことが出来れば、現実ではない現実を味わうこ
とが出来るものだ。

妄想がわかれば嗜好もわかる。
責めそのものより、責めを受ける状況(設定)が私を欲情させる。

貴女を責めて差し上げましょう。
ふふふ。。。。
ただし、貴女のためではなく、私の邪悪な欲望のためにね。

私のSMはどうも状況設定に依るところが大きい。
プレイそのものより、どうめぐり合い、どう繋がり、そしてどこにいくのか。
貴女を不安に陥れ、貴女を暗闇に惑わす。その状況が私を欲情させるのです。
やはり責めは手段に過ぎない。 貴女を貶める手段に過ぎない。。 貴女を苦しめる手段に過ぎない。。。 ふふふ。。。。。
貴女と私はどこまで堕ちるのでしょうか。

もちろん鞭も使う。もちろん蝋燭も垂らす。
縛りなくして私のSMは成り立たない。 それはもちろんなのだが、プレイ自体よりその過程や経緯に私のSMがあるように思う。

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