サービスのS

時々耳にする、SはサービスのS。
支配にしろ陵辱にしろ、本来Sの意のままにするS行為がMへのサービスだと感じてしまうSの疑問である。

この疑問を感じたあなたはSではない可能性がありますよ。
SとMは己の嗜好の下に主体的に関係を結ぶ。どのようなSM嗜好であれ、それは己が求めたものであり強制されてするものではなかったはずだ。
Sは支配を主体的に選択し、Mは服従を主体的に選択し相手を主体的に選別したはずである。けっして強制されて、義務的に選択せざるを得なかった一般社会における男女のような関係ではなかったはずなのである。(Sが男でMが女でなくとも)

この疑問はS男性に多く、S女性からはあまり聞いた事がない。。

つまりSとしてMが喜ぶことをするのはサービスではないかという疑問である。
ではあらためて問う。。Mを調教なり責める行為は、Mが喜ぶかどうかという以前にSであるあなたを喜ばせないのか。その行為がSであるあなた自身の喜び、もしくは満足につながらないとしたらS行為自体に喜びを見出せないことになるではないか。

SM行為を通じてSであるあなたも喜び(充足)、その行為の結果Mも喜ぶ(充足)のでなければ一般社会における義務と強制によるセックスとなんら変わりがない。
結婚をしていながら、恋人がいながらSMの世界に足を踏み入れる人は義務と強制ではなく、己の主体による嗜好の実現を求めているはずなのである。

恋人若しくは婚姻相手にSMプレイを求めても、その相手にその喜びがなければそれは義務や強制となる。だからSM嗜好を共有できる相手を探すのではなかったのか。
サービスのSと感じたらその時点であなたはSではなくなったのである。

サービスのS” への1件のフィードバック

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です